2010年8月28日土曜日

カタールのラマダン

8月20日からちょっとカタールに行っていた。カタールに着いた途端、ドバイより一層日差しの強さを感じる。しかもレンタカーには日差しよけも何もついてなかったから、直射日光が熱いっ!もっともこの時期のクウェートなら、さらなる灼熱地獄なのだけど...。

丁度、ラマダン中ということもあるし、私は日ごろの疲れが溜まっていたのと、朝早いフライトだったので、日中はホテルでテレビを見たりネットをしたりして、堂々とゴロゴロと堕落した生活を送ることにし、夕方から身支度をすることにする。昼間戸外にでたところで、この時期の湾岸諸国は灼熱地獄ゆえゴーストタウンのように静まり返っている。

湾岸産油国はどこも似たりよったりで、はっきり言って変化に乏しい。モールもそれぞれ違う名前を掲げているものの、一歩足を踏み入れればどこも同じ系列の店舗ばかりで、飽きてしまうのは時間の問題。フードコートは地元や欧米系のファーストフード・チェーンば・か・り!レストランやカフェにしても、やはりお馴染みのチェーン店ばかりで、メニューなんて、もう、見なくていいよ!(怒)という感じである。

そでもまさか、一日中ホテルに閉じこもっているわけにはいかないので、日没になると両替や食事をしに出かけることに。カタールの方がドバイより全然人口が少ないのと、まだ時間が早いので、モール内はガラガラだった。

海岸沿いには近代的な高層ビルが立ち並ぶ

しかし、このあと偶然カタール人の家族と知り合うことになり、突然にも関わらず強引にお宅へお呼ばれしてしまった。恐らく住宅街であまり外国人がウロウロしているような場所ではなかったので、この突然の「よそ者」に興味をもったのだろう。

着いたお宅は、産油国では典型的でごくフツーの超大邸宅であった。人口密度が物凄く低いので、地元のアラブ人のお宅の大きさと言ったら、敷地の広さだけでもかなり広い。ざっと見たところ、大体のお宅は、日本の学校の敷地の1/3から半分くらいには相当するのかもしれない?!中でも大きなお宅は四方を歩道に囲まれていて、まさに町の一角を成しており、車でも一周しごたえがある

シンガポールでも立派なお宅にはため息がでたものだが、中東のはさらにその上!ヨーロッパやアメリカでも、一般市民などとても手に出る物件ではないし、あくまでもTVや映画の中のおはなしで、これほど大きなお屋敷を実際に目にすること自体まれである。

なので、日本人とカタール人がそれぞれのお宅拝見となったら、絶対に両者とも別の意味で、アゴが外れるくらいド肝を抜かすのは確実である!

湾岸諸国の住宅街を走っていると、近代的な洋風の豪邸がたくさん連なっている。こちらのTVドラマを拝見する限りでも、家の中の様子は実に豪華で溜息のでるほど。このお宅も通された応接間は、日本の学校教室がスッポリと入ってしまう大きさだった。しかも応接間はこれ一つに限らず、別棟にある男性用のは更に豪華で広いはずであり、明らかに住む世界が違う

ラマダン中なので、このお宅では家族が皆、毎日両親のお宅に集まって一緒に断食明けの夕食を取り、家族団らんを楽しんでいるようすだった。

イスラム教でも国によって習慣は様々。やはりイスラム発祥の地サウジアラビアに近い隣国では、イスラム教の教えにより忠実で、それに従い一般に、「赤の他人同士の男女が関わり合うことを避ける」ので、通された応接間も子供と女性家族しかいない。

男性陣は、男性客(ご近所の人や友人たち)をもてなしているので、男性だけの別棟の応接間に集まっているわけである。だから家族団らんといっても、「異性の来客がある場合」は、必然的に「家族でも男別々に分かれる」ことになる。

この家族は皆とても親切な人達ばかりであったし、子供たちも突然の闖入者に興味をしめし、色々と話かけてきた。私を誘ってくれた女性(おそらく40代半ば)は姉妹だけでも5-6人、それに兄弟の妻(義理の姉妹)たち、それぞれの子供や孫たちなどで、総勢30人くらい集まっていた。

家の中ではスカーフや黒いアバヤ(実質的には「洋服を覆い隠す外出時の薄手のコート」)を着用することもないので、みんな色鮮やかな刺繍が施されたアラブのワンピースを着て、髪も出している。若い姪の中には、金髪に染めている娘もいた。

その夜は、アラビック・コーヒーや紅茶、色々なジュースに次から次へとたくさんのスウィーツが運ばれてきた。そして、翌日にはぜひ夕食に来るようにと誘われたので、改めて豪邸訪問することになる。

以下がその時の食事の光景。本来ならこの時ばかりに豪邸の写真を撮りまくりたいところであったが、上記のように、みな家では髪を隠してない状態なので、自粛して撮れたのがこの食事の写真である。尚、これはまだ準備中の光景で、この後、フィリピン人のメイドたちが次から次へと食べきれないほどのご馳走を運んできた。この光景がラマダンの1ヶ月間、毎日くり返されるのだろう。

ラマダン中の夕食

食事が終わり暫くすると、私は翌日UAEに戻らねばならないので、最後の買い物のために心惜しくも退散することにした。ラマダン中は行動時間が夜に集中するので、夜が忙しい。家族は家族でアバヤとスカーフをかぶって、夜の礼拝に出かける身支度をし始めた。

ほんの束の間のことではあったが、今回はラマダン中ということもあり、いつもとは違うカタールを体験することができた上に、思いがけずカタールで豪邸訪問する機会を得て、親切な家族の持てなしにあえたことは非常にラッキーなことであった。


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